ディシア編 ◆5566年(0歳) 　闇領神都オードに、名門ウッドワード家の次男として生を受ける。長男ライは光属性で生まれてしまったため闇の力の濃いオードには住めず、離れて暮らしているため、ディシアは事実上長男として育てられる。双子の弟ディザイアと、妹のセラティアと両親の5人暮らしをしていた。 ◆5574年(8歳) 　神界では理律(神の遵守する法)により3000年以上にわたり『闇狩り』と呼ばれる闇神根絶活動が行われており、闇神は何の罪も無くても即位し次第捕縛、一級神罰執行の後封印されることが理律により定められていた。それに反発した闇神は代々、己と闇領を守り理律を覆すために他神を敵にまわし戦争を続けてきた。しかし約100年前(5479年)に第135代闇神シムが即位し、他神達と休戦協定を結び、オードでは平和な歳月が流れていた。 　ところがこの年、光神を筆頭とする他神連合が休戦協定を突然破りオードに侵攻。オードの半分ほどが光の力により焼き払われてしまう(闇領焼痍)。ディシアとディザイアは他の地元の子供達と共にシムに魔法を習いに神殿に来ていたため無事だったが両親や妹のセラティア、親族や隣人達など大部分の知人がこの闇領焼痍の際犠牲になり帰らぬ人となった。 ◆5579年(13歳) 　闇領焼痍から闇神シムが休戦を何度申し出ても受け入れられず、闇領は再び戦渦に巻き込まれていた。シムは自身が無抵抗で降伏することと引き換えに、闇領への不可侵条約を取り付ける。シムの出頭前夜、ディシアはシムに呼び出され、ディシアが次代闇神であることを告げられる。闇領焼痍から孤児となったディシア達の親代わりであったシムが、無実でありながらその身を差し出す決断をせざるを得なかったことに強い憤りを覚えるディシア。シムは自身の退位と同時にディシアが即位するよう世界の承認の儀を執り行い、ディシアに後を託し光神殿に出頭する。10日後、ディシアは136代闇神に即位する。 ◆5589年(23歳) 　シムが身を犠牲にして闇領への不可侵条約を結んだにも関わらず、光神ゼウロを筆頭とする神界はディシアへ無条件出頭を要求してきたため、ディシアは即位後すぐ宣戦布告することとなる。シムの平和な治世時に豊かになった闇領は強く、ディシアもスペックの高い神な上、歴代最強の神獣と歌われるルークを有する闇軍は他神殿と互角に渡り合う。他神殿サイドも134代(2代前)闇神のゼフィスとの激戦に懲りたこともあり総力戦にはならなかったため、休戦とも取れるこう着状態を何度も繰り返しながら10年が経った。 　しかし5589年、神界からのディシアが降伏しなければ総力を挙げて闇領に侵攻するとの宣言を受け、反発した闇軍は光領へ侵攻。闇領焼痍の復讐とばかりに光領を焼き払う(光領焼痍)。その後一端軍を引いたディシアだが、帰路の途中で突然反動逆流を起こし倒れてしまう。するとそれを待ち構えていた他神連合軍が闇軍を包囲した。普段とは比にならない酷い反動逆流を起こしながら敗北を覚悟したディシアは、闇領のその後を自身の神獣達に託すため余力をかき集めて神獣３体を人間に準ずる存在へと堕とし、自軍を無抵抗降伏させる。結果ほとんど抵抗らしい抵抗もせず、反動逆流のため起き上がることも出来ないディシアを神々が取り囲み捕縛した。 　ディシアの双子の弟ディザイアが留守を守っていた闇神殿では、ディシア捕縛の報告を受け敗北を受け入れ開城することを決断する。留守中の最高責任者であったディザイアは自害しその首と引き換えに闇領へのこれ以上の攻撃停止を神界に約束させ開城する。光神殿の牢でディザイア自害の知らせを受けたディシアは自分の無力さを思い知ると同時に神界に対して激しい怒りを覚える。 　3日後、ディシアへの一級神罰の執行が始まる。初めに心情神ガウルによる神罰が行われたが、その際ディシアは激しく抵抗したため、ガウルに左足すねをガウルの神剣(形状は細剣)で貫かれ、以後神痕としてその傷が残る。ガウルの神罰によって精神を崩壊寸前まで壊されたディシアは神罰で植えつけられた罪悪感に喘ぎながら粛々と他神からの神罰を受けた。一級神罰の本筋は他神が自分の担当する力からなる物質を受刑者から消滅させることであり、簡単に言えば受刑者の体を生きながらに削り取る作業である。ゆえに激しい痛みを伴う。また一級神罰は受刑者の額に手を当てて執行するため、受刑者は執行後、額を触れられるのを極度に怖がるようになるのが一般的である。最後の光神の番が回ってきたときにはディシアは既に声を発する力も無いほど疲弊しており、このまま神罰により体を全て失い封印されるはずだった。しかし光神ゼウロが神罰を執行しようとした瞬間、ディシアが一級神罰執行中にはありえないはずの神格化(神格化とは肉体を離れ神の本能である神格に100％支配されたエネルギー体になること)を起こし、そのまま冥界に転移、転生の門を強行突破して輪廻の中に逃亡してしまう。 ◆5589〜5888年(輪廻逃亡中) 　神格ディシアは魂を100近くに細分化してバラバラに転生したらしく、神界は追跡することが出来なかった。闇神不在のため闇狩りも行われず、平和な時が流れる。闇神殿は神獣から堕とされたディシアの元神獣ルーク達により政務が行われ、神不在の苦境を補い復興をとげる。 ◆5879年(ディシア再誕10年前) 　ディシアが輪廻に消えてから約300年が経過していた。ディシア達とは離れて暮らしていた兄ライの血筋が受け継がれ、ウッドワード家は闇領の名門として闇神殿の大きな支えとなっていた。そんな中ウッドワード家に先祖のライにそっくりなやはり光属性の赤ん坊が生まれ、先祖にあやかってライと名づけられる。赤ん坊のライはやはり闇の神力の濃いオードには住めず、光領で祖父とともに暮らすことになる。 ◆5888年(ディシア再誕1年前) 　ライの母が双子の男の子を身ごもったことでウッドワード本家には動揺が走った。9歳になったライは本当に先祖のライに瓜二つで、その上同じ年の差で双子の男児が生まれるとなると、このお腹の子はディシア様の生まれ変わりではないかと思われたからだ。ウッドワード家は上級神官を多数輩出していたため、他神はおろか闇神殿にすら事実を伏せて、一族で極秘のうちにライの両親を人間界へと逃がした。 ◆5889年(再誕ディシア0歳) 　人間界の日本に逃れてきた両親はディシアとディザイアを出産する。生まれてきた双子はやはりディシアとディザイアそっくりで、兄の方には左足すねに大きな傷跡があり、この子が神罰を受けたディシアであることは確定的となった。そこで魔法で傷跡を隠し、人間界の一般の人間のふりをさせつつ育てることとなった。 ◆5895年(6歳) 　ディシア一家のお向かいに同じ年の「未来」(みく)という名の女の子の居る一家が引っ越してくる。ディシアは「実(みのる)」、ディザイアは「裕(ゆう)」という名で幼稚園に通っており、実と裕は未来と幼馴染として親しく付き合いながら成長していく。 ◆5901年(12歳) 　小学校を卒業した双子は、魔法の勉強を兼ねて死神のバイトを始める。『死神』といっても人を殺すという類の物ではなく、死神は冥界の神官の総称であり、一種の公務員である。ロリージネと冥界と人間界は隣接した世界ではあるが互いに基本的には不可侵であり、冥界からロリージネにディシアの存在がバレる恐れは無いため、存分に魔法がふるえる場所として両親が死神を選んだ。この時に使った長柄大鎌が気に入り、ディシアは以後武器として長柄大鎌を好んで使うようになる。 ◆5902年(13歳) 　双子はまだ気付いていないが、未来は子供の姿に化け双子を監視するために光神殿から送り込まれた光神殿神官将ミッチェである。双子はどう見てもディシアとディザイアなのだが、ディシアが輪廻に逃げ込んだ際魂を細分化しており、まだ神としての適齢期を迎えていない実がディシアの『欠片』なのか『本体』なのかが判断できず、未来もといミッチェは手出しできずにいた。 　７年を双子と共に過ごしたミッチェは実に恋心を抱いてしまう。ミッチェは戦時にディシアと直接剣を交えたこともある敵同士であり、いくら近年子供のふりをしていたからと300歳を超える大の大人の自分がまだ子供の実に惚れてしまったことに悩みつつ、実がディシアでないことを切に願っていた。 　そんなことはつゆも知らない実もといディシアは、期末試験勉強と死神のバイトでの寝不足で貧血を起こし倒れてしまう。その時にミッチェに魔法を解かれ、左足のすねの神痕を見られてしまうが、ディシアは意識が無かったため気付いていない。 ◆5903年(14歳) 　本人に自覚は無いがついにディシアが神としての適齢期を迎え、一斉に神々に感知された。闇神殿でもディシアの神獣達が主の存在を感知し、人間界へと向かう。ミッチェは光神ゼウロの命を受け元の猫族の姿に戻り双子を拘束する。戦姫と名高い将軍のミッチェにただの子供の双子は手も足も出ない。そこに実体をとうに失い亡霊のような影の姿しか留めないディシアの神獣達が主を助けようと現れるが、主の加護を失っている神獣達ではミッチェに歯が立たず、双子はそのままミッチェにより光神殿へと連行されてしまう。 　光神殿でディシア達はロリージネの主神(神々のリーダー)である光神・ゼウロと対面する。 全く前世の記憶の無い双子にはわけが分からない。そんなディシアにゼウロは強制的に『世界の承認の儀』を執り行い、闇神へと再即位させる。ディシアが闇神へと戻った瞬間、ディシア本人と弟のディザイアを含む一緒に転生した家族全員に前世の記憶が戻る。瞬時に全てを理解しゼウロに斬りかかるディシアを神々全員で押さえつける。その時、時の神レオナがはっとし予想外の事実を告げる。たった今、闇狩りの条項が理律から消滅した、と。 　闇狩りが無くなるのであればお互い戦う理由は無い。なんともあっけなく闇狩りの歴史に終焉が訪れ、闇神が仲間として神界に迎えられることになった。殺し合う覚悟で集結していた一同は困惑こそしたものの、神様持ち前の順応性の高さと後腐れなさから、すんなりと和睦が決まった。 　ディシア達は323年ぶりに闇神殿へと帰還した。亡霊のようになっていた神獣達を元の存在へと戻す。『主の帰還』と『留守を守っていた神獣達の復活』と『闇狩りの終焉』に神官たちが歓喜したのもつかの間、「明日から他神領と国交正常化して仲間として一緒に仕事をする」ということが人間である神官達にはすんなりとは受け入れ難い。300年近く休戦中だったとはいえ、古株の上級神官達は皆、他神殿とは殺し合った仲である。主が決めたことだからと、渋々ながら従う神官達にディシアは申し訳なくなりながらも、大事な仲間達を戦場に向かわせずに済むことに安堵した。 　その晩、ディシアはディザイアと二人きりになると「大切な話があるんだ」とディザイアを神殿の離れに連れ出した。ディシアはディザイアも闇神であることを告げてから「即位したくなければしなくて良いよ。僕だけでも闇神は十分だから。ディザはどうしたい？」と聞く。ディザイアは「俺は闇神になってディシャを守りたい。独りで戦ってるディシャを見るのが歯がゆかったからな」と揺ぎ無い口調で答える。ディシャは困ったように笑い「本当はね、ディザを闇神になんてしたくないんだよ僕は」と口にするが「分かってる、それでも俺は闇神になりたい」とディザイアに言われ、二人きりで世界の承認の儀を執り行いディザイアも闇神に即位する。(ちなみに即位した瞬間他神に感知され「あれ？！闇神増えたぞ？！」とびっくりされたがそれはまた別のお話で) 　ディザイアも闇神になって二人は、あることに気付きびっくりして顔を見合わせる。なんと離れて暮らす兄・ライも闇神の適正者だったのだ。そこで双子は翌朝光領に暮らすライの元を訪ねる。ライに事情を説明するとライも「お前達二人だけに押し付けるのも心苦しいし、なにより闇神になれば闇領で暮らせる」と予想以上に乗り気で、ライも闇神に即位した。こうして、兄弟３人が同時に闇神に在位するという稀な事態(しかもライは光属性の闇神)となったが、闇領は新しい時代の幕開けに祝賀ムードに包まれた。 ◆5911年(22歳) 　即位から８年が経った。ディシア達の尽力により闇神殿は完全に復興をとげ治世も安定した。神は在位中は不老不死だが、この頃からディシアとディザイアはあまりに若いからと外見は１７歳まで成長させた姿をとっている。 　神殿から伸びる龍脈(神力網)の管理のため、龍穴(各地にある神力の噴出孔)の補修計画立案と領内の視察を兼ねて、双子は神殿をライに任せて闇領内をお忍び旅行することに。 　ディシアの神獣ルークを伴って双子が市場を抜け森へとさしかかった時、道に飛び出してきた少年とぶつかった。瞬時にその少年が吸血種であることに気付いた一行は身構える。いくらロリージネ最強の捕食動物である吸血種といえども、神や神獣である一行にとっては全く恐ろしくはないのだが、聖水と同じ効果のある自分達の血に触れれば吸血種の少年に一生治癒しない傷を負わせることになる、それを危惧したからである。しかし少年はそのまま気を失ってしまう。倒れた少年を抱き上げ記憶を読むと、少年は人間を襲うことが出来ないという稀有な吸血種だった。傷だらけの満身創痍の少年を不憫に思った一行は、少年を追ってきたハンターから少年を買い取り、少年を連れて闇神殿へと帰還した。 　神殿の離れの一角を結界で区切り、神力の一切無い区画を作って吸血種の少年を介抱する双子。治療の甲斐あって少年は目を覚ます。少年の名前はサイ、人間に育てられたために罪悪感から人間を狩ることが出来ない飢餓相の吸血種だった。怯えるサイに、助けただけで危害を加えるつもりが無いことを説明すると、サイは安心したものの、今度は申し訳なさと嫌われる怖さから血を飲みたがらない。弱っているサイになんとか血を飲ませなければと頭を抱える双子。そんな攻防を2日ほど続けると、ついにサイは魔力切れを起こし魔獣化、正気を失いディシアに襲い掛かってしまう。ディシアは無傷でサイを取り押さえたものの、主様に危害を加えたことに激怒したルークがサイを殴り飛ばす。衝撃で正気を取り戻したサイは即座に魔獣化を解き己のしたことを泣きながら詫びる。ルークが「泣いて謝るくらいなら最初から血を飲め」と叱咤し、これ以降サイは素直に血を飲むようになる。 　1ヶ月ほど経つとサイは完全に回復した。その間サイに魔法や勉強を教えたりしていたが、ディシアとディザイアは今後について悩んでいた。そもそも闇神域の中央に位置する神殿の中でも神力の濃い闇神のプライベートエリアに無神力空間を作っていること自体、永久に続けられることではない。そして行き来する神官や神獣も神圧ゼロの状態をいちいち取らねばならず、肉体的負担も大きい。それは同時に、サイにとって命の危機となる事態がいつ起こってもおかしくないということを意味する。安全な神殿外にサイの居住スペースを作ることも検討したが、闇神は闇領の国王でもある、その立場上私情で魔族1人を優遇することも難しく、もしサイを保護し続けるなら『ペット』という位置づけとなる。外に自由に出ることも出来ずペットとして一生を終えることがサイの幸せにはならにだろうと、双子は苦渋の決断でサイを野性に返す、つまり『神殿から出て行かせる』ことにする。その頃サイと恋仲になっていたルークはディシア達の決断に「それではサイに死ねと言っているのと同じです！！」と抗議するがディシアに「じゃあ、ルークが人間になって、サイと一緒に暮らしてあげてくれる？」と聞かれると「神獣に自ら主の元を離れろとおっしゃるんですか？そんなの無理に決まっています･･･！！」と泣きながら承諾した。神獣にとって神獣ではなくなることは死ぬより辛い、既に前世のディシアに一旦神獣から落とされたことのあるルークにとって到底選べない選択肢であることを知りながらそう聞いたディシアは罪悪感を感じながら、「サイを死なせてしまう」と自責の念に涙を流すルークを抱きしめた。 　翌日サイにその旨を伝えると、サイはとうに覚悟していたと取り乱すことは無く、その気丈さが逆に痛々しくてディシアは酷く胸が痛んだ。一週間後サイの出発の時「何かあったらいつでも帰って来て良いから」と送り出すが、サイが連絡してくることは死ぬまでなかった。 ◆5915年(26歳) 　理律から闇狩りの条項が削除されて約10年。この条項が復活することは無いだろうと判断した神界(神々)は、一級神罰を執行され光神殿に封印されている歴代闇神の解放を全会一致で可決。長きに渡り苦痛の中幽閉されていた歴代闇神たちは、すでに肉体は一級神罰執行の際に死んでいるからと死を希望し、全員が安らかに冥界へと旅立っていった。 ◆5920年(31歳) 　冥界に行った歴代闇神のうち、ディシア達の２代前の第134代闇神・ゼフィスだけは死後死神となり闇神殿にもちょくちょく顔を出していた。ゼフィスに「シイラも封印解除してあげられないかな？」とお願いされたのをきっかけに、第90代苦の神・シイラの封印解除が検討されることとなる。 　闇神殿にとってシイラは、ゼフィスと同盟し闇神殿と共闘してくれた仲間であり恩人であるが、そのためにシイラは闇神同様一級神罰を執行され苦神殿に封印されていた。歴代闇神の封印方法と異なり、シイラは封印中も苦神力供給源としての機能を発現しており、その機能維持のため封印解除が先延ばしにされていたのだ。 　封印中のシイラのメンテナンスを担当していた安らぎの神・マリアと心情の神・ガウルは、シイラを封印解除した場合、現在のシイラの精神状態からは退位を望むのが確実、再即位は絶望的と見ていた。そのためシイラが退位し苦神力供給源を失った際の影響を算出するため闇神・ライが苦神殿に調査に訪れた。調査の一環でライが封印中のシイラに接触した時、シイラが長年の封印のほころびを利用してライの体を乗っ取ってしまう。元々シイラが大変スペックの高い神な上、心情神と近い系統である苦神、しかもライが同じ闇系神、その上最近のシイラが従順だったためマリアが封印を少し緩めていたことも重なっての事態だった。 　ライの体を得たシイラは自身の封印を解除すべく主神である光神・ゼウロに嘆願しに行く。ライの親友である心情神・ガウルがいち早く事態に気付き、ガウルの呼びかけで集まった神々によりシイラは取り押さえられライから引き剥がされる。このまま一旦シイラを再封印しようと言う神々に、乗っ取られている間ずっとシイラの本心に触れていたライは「シイラは封印から逃れたかっただけだ。もう歴代闇神も解放されたんだ、せっかく全員集まっている今、シイラをこのまま解放してやったらどうだ？」と提案。シイラの「僕は退位して人間として暮らしたい」という望みを聞き入れ、神々は一級神罰で失われたシイラの肉体を再構築し、シイラの退位を承認した。シイラは3歳の肉体の人間へと戻った。これがきっかけでシイラはライに懐き、闇神殿でシイラを引き取ることになった。 ◆5921年(32歳) 　闇神殿にサイ専用の回線で連絡が入った。連絡の主はカイと名乗る男性で、カイはサイからの手紙を持参し、サイが息を引き取ったと報告に来た。ディシアはカイから受け取ったサイの手紙を読む。手紙には闇神殿の皆には心の底から感謝しているとの旨と、自分はカイのおかげでとても幸せになったから何も悔やまないで欲しいと書かれていた。ディシアがカイに「本当にありがとう、サイを幸せにしてくれて」と心からのお礼を述べると「こちらこそ、サイと出会うきっかけを下さってありがとうございます」とカイは礼をし、帰って行った。カイが去ると、ルークが姿を現した。ディシアが「聞いてたよね、サイは幸せになったって」と手紙を手渡すとルークは読みながら「カイの言葉は僕への嫌味に聞こえましたよ」と強がるが、顔には悲愴がにじみ出ている。「泣いちゃっても良いんだよ？」とディシアがルークの頭を撫でると「神獣に主以外の者のために泣く機能はありません。それに･･･サイを選ばなかった僕に、泣く資格はありません･･･」と肩を落としてルークは答えた。 ◆5922年(33歳) 　見た目が５歳になったシイラは迷子の龍族の子供・リングを拾い、リングも一緒に闇神殿で暮らしていた。退位したとはいえ苦神不在のため、シイラは苦神領を気にかけ、人間として出来る範囲で苦神殿に助力していた。シイラがリングを連れて荒廃した苦神殿にやってきた時、突然現れた赤紫の髪の男に襲撃された。シイラはリングを守りつつ、神殿の苦の神力を使って応戦。苦の神力を無尽蔵に使える神殿での戦闘を不利と見た男は撤退する。シイラはリングを連れて急いで闇神殿に帰還し、状況を報告する。襲われた当人であるシイラも男に襲われる理由に心当たりはなく、何故突然よりによって元神のシイラを襲撃したのかと、神々は調査を始める。普段なら世界中の生き物の意識にアクセスできる心情神の力ですぐに身元を突き止められるのだが、何故か心神ガウルにもその男の思考を追うことが出来ない。謎の男の存在に、神々は不安を感じた。 　それから2週間が経った。闇神殿でディシアがシイラと過ごしていると、ディシアは突然反動逆流を起こした。闇神域は規定値を守っており、何故反動逆流が起きたのか分からない。倒れたディシアが反動逆流の痛みに必死に耐えているところに、赤紫の髪の男が現れる。シイラはディシアを守ろうとするが苦神力の薄い闇神殿では苦の力は使えず、シイラも男に拘束されてしまう。そして駆けつけたディザイア達の目の前で、白昼堂々、ディシアはシイラもろとも赤紫の髪の男に連れ去られてしまう。後の世に言う『終焉危機』が、こうして始まったのである。 　ディシアが目を覚ますとディシアの体には一級神罰の際と引けをとらないほどの封じが付けられており、その痛みに思わずうめき声を漏らした。封じのせいで神力や魔法を使うことはおろか、正常な五感を保つのも難しく「ここが知らないどこかの家だ」ということ以外分からない。部屋のドアが開きあの赤紫の髪の男が入ってきた。ディシアが声を絞り出し「何が･･･目、的だ･･･！！」と睨み付けると男は面白がるように口角を引き上げ「これだけの封じを付けられてもまだそんな顔が出来るのか。単刀直入に言おう、お前の闇の神の力を渡せ」とディシアの顔を覗き込む。予想外の要求に一瞬言葉を失ったディシアだが、すぐに強い眼差しに戻る。「神の力が、人間に譲渡出来る物だとでも･･･思ってる、のか･･･？」と白を切るディシアを男は鼻で笑う。「あぁ。知らないとでも思っているのか？ただ譲渡が禁止されていて、もし譲渡した神は･･･一級神罰を受けねばならないんだったな？」男が全てを知っている上で本気だと知ったディシアは血の気が引く。「お前、何者だ･･･？！」「名前は『メサイア』だ、それ以上は俺にも分からんことばかりだが･･･神の力が『俺』に必要なことだけは確かだ」そう迷い無く言い切るメサイアにディシアは声を荒げる「譲渡なんて、するわけないだろう･･････！！？」しかしメサイアは余裕の表情でディシアの額を掴む。神罰の後遺症で額に触れられることを極端に恐れるディシアがビクリと身を硬くするとメサイアはディシアの耳元で囁く。「力を渡す方が一級神罰を受けるよりマシだと思えるくらいのことを、してやろう･･･」と。 　メサイアのディシアへの拷問は凄惨を極めたが、現役の神であるディシアの心を折ることは至難の業である。消耗しきっているはずのディシアが折れる気配が無いので、メサイアは標的をシイラへと移す。シイラは退位しているとはいえ、次代と世代交代をしたわけではないので、本人の意志でいつでも苦の神に復位することが出来ることを知ってのことだった。元神ではあっても今は人間であるシイラを壊すのは容易い。度重なる肉体的精神的拷問によりシイラは弱りきった。ディシア本人を攻撃するよりシイラを痛めつけた方がディシアが心を乱すので、メサイアはわざとディシアの目の前でシイラを拷問にかける。「もうやめろ！！！シイラは神じゃない！！！」とディシアが必死に訴えても「神に戻れば良いだけだ。そんなに言うならお前が力を渡したらどうだディシア？」とメサイアに嘲笑われるだけだった。しかしシイラも一級神罰の受刑経験があるため、ボロボロになっても力だけは渡そうとせず、既に3週間の時が流れ年が明けた。 ◆5923年(34歳) 　ディシアとシイラがメサイアに捕らえられている間、神界は必死に状況の打開策を練っていた。相手のメサイアが神ではなく人間であるので、神力を行使しての救出活動が理律違反となるため対策は難航した。心情神ガウルの二級神罰覚悟レベルでの心神力による探査によりメサイアの居場所の発見とメサイアの精神への介入に成功する。メサイアの普段の人格とは別にあるもう一つの弱く心優しい人格の存在を突き止めたガウルは、その人格とのコンタクトを取る。 　もう一人のメサイアの人格は神力を我が物にすることをやめさせようとしていたため、表に出てこられないよう意識の奥底に沈められていた。そこでガウルは沈められたもう一人のメサイアに助力し一時的にメサイアの肉体の所有権を入れ替える。その隙にガウルと、ガウルと一番相性の良いライの二人がメサイアの自宅に潜入、もう一人のメサイアの協力を得てディシアとシイラを救出する。もう一人のメサイアの今後を憂い振り返るガウルだが「早く･･･！『私』は長くは持ちません･･･！！」とメサイアに促され、その場を立ち去った。 　助け出されたディシアとシイラを、癒しの神・マリナと安らぎの神・マリアの姉妹、そして心情の神ガウルが治療している間、光神ゼウロを中心としたグループは太古の禁書の中から『鍵の神』という神の存在を発見する。上位神に理律へのお伺いを立てることのできる時の神レオナがメサイアが鍵の神であることを確認し、一気に神界は有利となる。何故なら今までは「人間相手だから」と数々の制限の中でしか動けなかった神々だが「相手が神である」となれば存分に力をふるうことが許されるからである。 　しかしその頃、メサイアは上位神の天啓により、自分が何者であり何をするために存在するのかを知った。メサイアはロリージネを創造したとされる上位世界の人々(上位神と呼ばれる)が、ロリージネを終焉に導くために送り込んだ『鍵の神』であり、この世界にとって『異物』であった。そのため他人の『存在の力』を奪わねばロリージネで生きていくことが出来ず、人を殺して存在の力を奪う行為を繰り返すことで命をつないできた。メサイアの２つの人格のうち、弱い方は人間としての人格、そして強い方は神としての人格すなわち『神格』であった。実は神格メサイアは人格メサイアのためを思い、神の力を手に入れれば存在の力を奪うことなく、もう人を殺さずに生きることが出来ると突き止め、ディシアとシイラを狙ったのだった。 　しかし天啓により神格メサイアは書き換えられ、人格メサイアのことなど構わず、鍵の神としてロリージネを終わらせることしか考えない存在に変えられてしまった。 　メサイアが神である以上、神界はメサイアを捕縛し神罰に処す義務がある。ディシアの回復を待ち、神々はメサイア捕縛に本腰を入れる。そんな時、メサイアが堂々と、闇神殿裏に広がる広大な砂漠『最果ての砂海』に現れる。神殿はそもそもロリージネを構成するピースのつなぎ目、いわゆる「世界の果て」の場所(人間界で言う地殻のプレート境界に少し似ている)に建てられており、最果ての砂海は闇神殿が守る世界の果ての名称である。基本的に神しか入ることの出来ない領域である世界の果てにメサイアが現れたことを、神界は戦闘による被害を最小限に抑えられる好機と捉え、神全員が最果ての砂海に集結し、メサイアと対峙した。 　メサイアと対峙した神々は一斉にメサイアを攻撃するがそれらはメサイアに届かず、見えない壁があるかのごとくメサイアの手前で消滅してしまう。メサイアは高らかに宣言する、「序章は終わった、さあ、『鍵の言の葉』の第一章だ」と。メサイアは詩を朗読するような響きの声音で『鍵の言の葉』を詠んでいく。何か別の言語のようなその節が始まった瞬間、対峙していた神々から神力が完全に消えてしまう。驚愕する神々に、にいっと口元だけの笑みを向けると、メサイアは言う「ここからが本番だ、『鍵の言の葉』の第二章だ」。メサイアが続きを詠み始めるとディシアは突然体の内側から焼かれるような痛みに襲われ膝を折る。そしてディシアの背中を突き破り、不気味なほど白い翼が生え始めた。第二章が終わるとディシアのその白い翼は完全に姿を現した。「そしてこれが最終章だ」メサイアは心酔した面持ちで最終章を詠う。ディシアは体の内側から湧き上がる膨大な力を必死に抑えようとするが、ディシアの抵抗もむなしくその力は外へと放たれた。 　その力が外気に触れた瞬間、一瞬にして世界がキンと冷えた気がした。「『破滅の神』の覚醒だ」そう呟くメサイアの何故か救われたような顔がディシアの目に焼きつく。自分から滝のような勢いであふれ出ていく力をディシアは「あぁ･･･これは『破滅の力』だ」と察した。何故そうだと知っていたのかは解らない、けれどこれは世界を止めてしまう力だと、解っていた。自分ではどうにもならない力の流出の中、ディシアが顔を上げると目の前で、停止してしまった神々の魔力が水晶のように結晶化し、ディザイアの、ライの、皆の体を内側から突き破り成長していく。それは世界中を瞬く間に包み込み、轟音のように世界中の命の断末魔が重なった。ディシアは耳を塞ぐことも出来ず、ただ絶望に目を見開き涙を流してそれを聞いた。 　地獄のような音が止むと、全ての命が、力が止まり、ロリージネは静寂に包まれた。人神(人間界の神)と冥神(冥界の神)の二人が現れ、ディシアの両脇に並び、跪く。するとディシアの目の前に人のような形をした光が出現し、人神と冥神とメサイアはその人影にうやうやしく礼をとる。それが上位神だとディシアも察した。光の人影は「ロリージネは終わった。ディシアは罰を受けよ」とだけ発し消えた。こうして一度ロリージネは失われた。 ◆5550年(ディシアが再び生まれる16年前) 　また気の遠くなるような時が流れた。ロリージネは生まれなおし、最初から時を歩みなおして、全く同じ歴史が繰り返されていた。しかしその事実を知っているのは冥神と人神、そして封印されているディシアだけであった。 　ある日冥界で、死神のエンは獣化しツバメの姿で立ち入り禁止区域の広大な森の上を飛んでいた。夏の暑い日で、町の上を飛ぶより涼しそうだと、森の上空を飛んでいたエンは木の陰に人の身の丈ほどの岩窟を見つけた。興味本位でエンはその岩窟に降り、中に入ってみた。中は外の暑さが嘘のようにひんやりと涼しい。奥に階段が見えたのでエンは階段を下りた。階段の先は外光が高窓から差込み明るかった。そしてそこには、格子の向こうに真っ白な翼を持った少年が磔にされていた。 　ディシアは聞こえてきた石の階段を下りる足音に重い瞼を開いた。死神の装束を纏った青年の驚いたように見開かれた瞳と目が合った。ディシアは声をかけようと体に力を込めたが全身に走る痛みに思わず呻き顔を歪めた。それを見た青年が慌てて「大丈夫ですか？」と格子の前まで歩み寄る。ディシアは息を整え、用心深く声を絞り出した。「人と会うのは凄く久しぶりなんだ。君は誰？」そう問われて青年は「私は2級死神のエンと申します、あなたは･･･神様ですよね？」とディシアの額の六芒星の文様を見ながら言う。「そうだよ。僕は第136代闇神のディシアだよ」ディシアが答えるとエンは小さく首をかしげる。「第136代･･･？現闇神のシム様が135代ですよね？次代の闇の神様ですか？」そうエンが口にしたのでディシアは絶望し視線を落とした。「本当に、繰り返させるつもりなんだ･･････」目に涙を浮かべディシアが呟くのをエンは不思議そうに見ている。ディシアは顔を上げると「何でもないよ、ごめんねエン。良かったらまた遊びに来てくれるかな？話し相手が欲しいんだ」と力の入らない顔で微笑んだ。 　それからちょくちょくエンは来てくれるようになった。この磔台は樹状の形から『刑樹』と呼ばれていて、ディシアの全身に内側から張り巡らされていることや、そのせいでディシアは長年体の自由を奪われていること、冥神くらいしか自分の存在を知らないことを話した。エンに現在までの歴史を教えて貰うとディシアは前回のロリージネの終焉の話をエンにした。エンはとても驚いたが、ディシアの話を信じてくれた。 ◆5565年(ディシアの生まれる１年前) 　エンと出会って15年が経った。エンは暇を見つけてはディシアのところに来てくれていた。仲の良い友人となっていたディシアとエンがいつも通り格子越しに話をしていると、冥神がやってきた。既に以前冥神とエンがここで鉢合わせてしまったことがあったので、別に驚きはしなかったが、ディシアは冥神を見て顔を曇らせた。冥神が「時が来たのだディシア」と厳重な封印魔法で編まれた格子を解く。その言葉に、ディシアとエンは「ディシアが再び生まれる時が来た」のだと確信した。そんな二人を見て冥神が小さく息を吐く「分かっているようだな。どうするディシア？記憶を残したまま転生するか？」「そんなことここで聞いて良いの冥王？」「あぁ構わぬ」「記憶は、消して。こんな記憶を持ったまま、生きることなんて、僕には出来ない･･････」痛々しいほど疲れた顔でそう言うディシアを連れて、冥神は岩窟を出て行く。去り際ディシアはエンに「ごめんね、またね」と言い残した。 ◆5922年(33歳) 　あれからディシアは記憶を全て失いまた神として生まれ、同じ歴史を繰り返していた。一級死神となっているエンはディシアの意向を尊重し、ディシアとは面識の無いふりをして過ごしていたが、ついにメサイアがディシアとシイラを誘拐する事件が起きる。エンはそ知らぬ顔で休暇を取り、ロリージネへと向かった。 　メサイアが最果ての砂海に現れる前夜、エンは一級死神の地位を利用してシイラに面会を求めた。傷が癒えたばかりで疲労の色濃いシイラを見て心を痛めながらも、エンはシイラに明日メサイアが最果ての砂海に現れ、世界が終わることを伝える。驚き「そんなことあるわけ･･･！！もし本当だとして、どうして一介の死神の君がそんなことを知っているの？！」と動揺するシイラにエンは「世界を終わらせたディシア様本人に直接聞いたからです。私の記憶を見てください」と額を差し出す。 　エンがディシアと出会って一年経った頃、エンはディシアから世界の終焉のあらすじを聞いた。「ではこのままでは、また数百年後にロリージネは壊れてしまうということですか？」不安げに問うエンにディシアは神妙な顔でうなずく「うん、多分。もし『このまま』だったら、ね」含みのあるディシアの言い方に、エンは尋ねる「何か方策が？」「確証は無いんだけど、僕も長年ここに居て暇だったからね、いろいろ考えてみたんだよ。メサイアの鍵の言の葉の章が分かれている話はしたよね？」「はい、序章、一章、二章、最終章の４つでしたね」「それでね、序章を唱えている間は神力も魔力も届かない。そして一章が始まった途端神力が消えてしまう、そして二章で僕の体が破滅の神化し始め、最終章で破滅の力が覚醒し放たれる。でもね、全部無効化していた序章の時と違って、一章からはメサイアは防御魔法で身を守っているんだ」「でも神全員で魔法で攻撃しても破れなかったんですよね？その防御魔法」「うん、でもあれは確かに魔法による防御壁。そして魔法なのなら神力で破れる」「待ってください、全員神力を失ったからメサイアは魔法防御で十分だったのでしょう？」「そこなんだけど、全員が神力を使えなくなっても、あの時世界から神力が消えたわけじゃないんだよ。神力でかけた効果は残ったままだった。多分在位中の神の神力の制御能力だけを消された。それでね、二章でのメサイアの魔法防御は随分厳しそうな局面があって。あんなにギリギリなのなら、序章をもう一度唱えれば良いと思うんだよ」「一度唱えた章は二度は唱えられない、かもしれないと？」「うん。だからね、ここからは空論かもしれないんだけど、一章が終わった後、つまり二章の最中に神力を使える神が一人でも残っていれば、メサイアを止められると思うんだ」「でも全員神力を失ったのでは？」「そう、在位中の神は全員ね。でもあの時退位していたシイラはあの場に来ていない」「じゃあ、シイラ様を連れて行って、二章の最中に再即位していただけば！」「うん、そういうことだね。もっと確実な策が立てられると良いんだけど、あまり大きく歴史を変えると逆に対策が出来なくなってしまうかもしれないと思って･･････」 　エンの記憶を見たシイラは真剣な面持ちで考え込む。「このこと、ディシャは知ってるの？」「今のディシア様にこの記憶はありません」「そう･･････」シイラは2秒ほど黙ると頷いた。「分かった、明日僕がメサイアを止めれば良いんだね」 　翌日、本当にメサイアは最果ての砂海に現れた。神々が出撃し、残されたシイラにエンが言う「私は皆さんの近くに行って状況をシイラ様に逐一報告します。ですから一章が終わったら、必ず･･･！」「分かってる」その時エンとシイラの頭に直接心情神ガウルの声が響く「話は聞いていた。メサイアに気取られないようエンの精神に干渉封鎖をかけた、始まるぞ早く来い！」「はい！」エンは最果ての砂海へと転移した。 エンが離れた場所から見ていても、状況はシナリオ通りに進んでいった。そして一章が終わり、メサイアが二章を詠み始め、ディシアが膝をついた。(今です！！)エンが言った瞬間メサイアの前に雷が落ちたかのように、再即位したシイラが最大出力で出現する。「シイラだと･･･？！！！」即座にメサイアは応戦しようとするが、本気の神のシイラに二章詠唱中のメサイアでは歯が立たない。拘束捕縛に特化した苦の力の使い手であるシイラは見事メサイアを取り押さえ、メサイアの意識を失わせる。メサイアが気を失うと鍵の言の葉の効力が切れ、神々に力が戻りディシアの破滅の神化も止まった。こうして終焉は回避されたのだった。 　復位したシイラも含めた神全員でメサイアに一級神罰を執行し、メサイアは神格と記憶を完全に失い、6歳の普通の人間の子供になった。 　メサイアの神罰執行から1週間が経ち平穏を取り戻していたところに、突然ディシアの破滅の神化が再開した。メサイア捕縛後エンから前回のロリージネの終焉のシナリオを伝えられていた神々は即座にディシアを闇神殿の深層に送り、厳重な結界を施した。ディシアの破滅の力の拡散を防ぐためシイラとガウルは冥界に残っていた刑樹を模して『枝』という封じ具を作り上げる。しかし本家の刑樹と違い枝は永久には持たず、数日置きの差し替えが必要だった。 　ディシアの体は破滅の神化と共に、刑樹の張り巡らされていた場所が壊死していき、その痛みと枝がその穴を埋めるために伸びる痛み、そして全身に伸びた枝そのものの数日置きの抜き差しにも壮絶な痛みを伴った。主の苦しみようにディシアの神獣達は闇の代獣(代獣は神の代理の出来る特別な神獣で創世から存在し神と違い代替わりが無い)と相談し、代獣の持つ異次元にディシアを封印すれば、破滅の神化してしまってもロリージネには影響が無いはずだと提案する。そして自分達神獣も共に行く、と。しかしディシアはたとえこの苦痛が続いても、ロリージネに残りたいと望んだ。もし異次元に行って破滅の神化してしまえば、二度とロリージネの地は踏めないからだ。 　神々の努力もむなしく、2週間後ディシアの破滅の神化速度が急に早まりディシアは破滅の神になってしまった。ディシアの背中に破滅の神の白過ぎる翼が生え終わった瞬間、ディシアの破滅化を阻止しようとその場に全員集まっていた神々がいきなり一人残らず神格化した。困惑するディシアの周りで神格化し翼の生えたエネルギー体となった神々が一斉に跪く。するとディシアの目の前に光で出来た人型をした上位神が降り立った。上位神はディシアに「ロリージネで生きたいか？」と問う。ディシアは必死に懇願するように「僕はロリージネで生きたい！」と即答する。それを聞いた上位神は頷き、消えた。呆然と上位神が消えた後を見つめていたディシアの周りで、神格化の解けた皆が肉体に戻り、倒れていた体を起こした。「何が起こったの？」「今のが上位神か？」と口々に言いながら起き上がった神々は重大なことに気付く。「ディシャ！破滅の神じゃなくなってる！！」そうシイラに言われディシアはそこで初めて自分の力が世界にとって悪性のものでなくなったことに気付いた。「本当に、ロリージネで生きて、良いんだ････！！」その実感にディシアの目から喜びの涙が溢れる。こうしてディシアのこのもう一つの力は『存続の力』という呼び名に変わり、歴史に残る『終焉危機』は今度こそ本当に幕を閉じた。 　その日から理律が変更され、ロリージネの主神は光神から闇神に変わった。闇神代表としてディシアは主神となり、新たなロリージネの幕が開いた。 ※ここでディシア編の本編は完結ですが、その後のロリージネでもディシアは脇役として出てくるので大まかな流れをまとめておきます。 ◆5924年(35歳) 　シイラはかねてからの希望通り、再び退位し６歳の人間の子供に戻った。またシイラの神獣サヒロも退位後の主と共に生きる為に人間になった。シイラ、リング、メサイアの3人が人として暮らしていく為の里親を探すことになると、心情神ガウルが、マクアフティル皇国に住んでいるカイが良いと提案する。カイは実はガウルの先代である第108代心情神カイの末裔であった。ディシア達も、カイはサイを幸せにしてくれた人だからと納得し、カイにシイラ達3人を3兄弟として育てて貰うことになる。サヒロはカイの家の近所に引越し、医者をしながら3兄弟を見守っていく。またカイの元には病気で隻眼になったため中央から遠ざけられたマクアフィティル皇国の第5皇子トーヤも身を寄せ、4兄弟のように育てられる。 ◆5934年(45歳) 　第91代苦の神・コーサーが即位した頃、苦神領に対して周辺諸国連合が戦争をしかけた。世に言う『マクアフティル戦争』である。盟主であるマクアフティル皇国の筆頭貴族アネラス=フランベルジェ率いる連合軍には、主力部隊としてマクアフティル皇国の次級賢者長(国属上級魔導師を束ねるナンバー２の役職)であるカイも召集される。一方苦神殿側も現役の神は理律により人間と直接戦うことが許されないため、元苦神のシイラと元神獣のサヒロ、そしてリングの3人がコーサーの代理で苦神殿軍を率いることになる。こうして親子で敵味方に分かれて戦うことになってしまう。 　マクアフティル軍の兵器として淫魔の突然変異体の少女オルフェリアが戦線に投入され、彼女の神力を分解してしまう力により苦神殿側は予想外の苦戦を強いられる。紆余曲折を経て終戦後、アネラスとサヒロが結婚すると言い出して周囲をびっくりさせる。サヒロはシイラにより人間の女性に作り直してもらい、アネラスと結婚しマクアフティル皇家の一員となり、息子アグクリスを出産する。 ◆5942年(53歳) 　死んだサイは実は神魂(神になれる種類の魂)保有者だったため、死後冥界で神魂保有者の特権を使って死神になった。シイラ達に会いにカイの家に入り浸っていた元闇神の死神ゼフィスが思いつきサイに死神になることを勧めたのだ。この年ついに昇格してロリージネへの通行許可を取得したサイは、カイと再会を果たし、カイの家でシイラ達と共に暮らすようになる。死神は冥界の神官であるからサイは闇神殿にも仕事でちょくちょく顔を出し、ルークも含めディシア達と交友が復活する。 ◆5943〜5965年 　この約20年間に、成長したアネラスとサヒロの息子アグクリスが元闇神のゼフィスと恋仲になる。しかしある時突然転生してしまった恋人ゼフィスに再び会いたいという理由でアグクリスが闇神殿の神官になっている。 　カイ家の4兄弟のトーヤが第110代心情の神に即位してガウルが退位したが、そのごたごたでトーヤの恋人になっていたメサイアが自分の素性を知ってしまい、メサイアのたっての希望でメサイアは神罰執行前の記憶(神格メサイアと人格メサイアの記憶)を取り戻し、心情神殿司教となりトーヤを支えている。 　また光神ゼウロも、アグクリスの同僚だった闇神殿神官のルージオに光神の座を譲り退位している。 ◆5966年(77歳) 　転生したゼフィスに再び会いたいと闇神殿神官になっていたアグクリスは、ある日「ディシア様達がもし死んでしまえば、転生したゼフィの番がもっと早く回ってくるんじゃ･･･」と思いつくが、その瞬間頭に「そうだね、ボクもそう思う★」という声が響き、気がついた時には上位神リュキに体を乗っ取られてしまっていた。リュキはアグクリスのフリをして各神殿を回り、神を殺してしまう病気に神々を感染させる。大混乱に陥った神殿の隙をつきリュキは病魔に侵されたディシアを誘拐する。 　リュキは、ディシアが本当はこの世界を作った上位神であり、あることで罪に問われ罰としてロリージネに堕とされていること、リュキは上位世界のディシアと親密だったのでディシアを上位世界に連れ戻したいこと、そしてそんなリュキを邪魔しディシアに罰を与え続けている上位神がユタと言いユタのせいでディシアに苦難ばかりが降りかかることを教える。 　しかし上位神だった記憶など無いディシアにとって、正直言って「ディシアを連れ戻すためにロリージネをぶっ壊すよ★」というリュキのしていることも相当な迷惑である。リュキを排除したいユタの協力で一時的に鍵の神の力を取り戻したメサイア達がリュキ軍を倒しこの『第一次リュキ事変』はなんとか収束する。リュキの排除後、ユタがこの一件で戦死した全員を生き返らせ、ロリージネは元通りになるのだが、本当に大迷惑である。 ◆6027年(138歳) 　癒しの神の座が、マリナからフィグに譲位された。フィグは吸血種であり、史上初の魔族の神となった。 ◆6437年(565歳) 　ついに次代の闇の神デフィが感知され、ディシア、ディザイア、ライの3人はデフィに譲位し、闇神を退位した。退位した3人は人間に戻り、人としての人生を歩み始める。ディシアとディザイアは二人仲良く幸せに暮らした。ディシアの神獣ルークは体を人間の女性に作り変えて貰い、闇神殿大司教のカーメリウスと結婚、自身も闇神殿の司教となり神殿を支えている。ちなみにデフィはゼフィスの転生した姿なのだが、その話はまた今度。